対談参加者プロフィール

坂井直樹 / Naoki Sakai さん

WATER DESIGN 代表取締役 / コンセプター

1947年京都生まれ、京都市立芸術大学入学後、渡米し、68年TattooCompanyを設立。刺繍プリントのTシャツを販売し大当たりする。
73年に帰国、STUDIO WATERを設立。87年に日産 「1 -Be」の開発に携わり、レトロフューチャーブームを創出。88年にオリンパス「product-O」を発表、95年にMoMaの企画展に招待出品され、その後永久保存となる。2004年にWater Designを設立。05年にau design projectからコンセプトモデル2機種を発表。08年から13年まで慶應大学湘南藤沢キャンパス教授。直近の著書は『好奇心とイノベーション』『欲望とインサイト』『スイスイ生きるコロナ時代』など。

平賀 俊孝 / Toshitaka Hiraga

KIWA ART AND DESIGN inc. 代表取締役 / Future Designer 
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員

1988年生まれ、神奈川県出身。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程修了後、BMW Tokyo Corp.へ入社、BMW iブランドの日本導入時から参画。2015年のBMW iの販売台数日本1位にて表彰され、BMW iブランドの日本代表としてドイツ本社の研修を経る。その後、株式会社ビズリーチに入社、エンタープライズのインサイドセールス組織の立ち上げやマーケティング基盤構築に携わる。2018年に、KIWA ART AND DESIGN inc. を設立。分野を問わず事業の成長に寄与する未来をデザインし、実現に向けたブランディングやパーパスの設定など幅広く担当。

デザイナーの道は一本ではない

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坂井
坂井:平賀さんのデザインへの関わり方が面白いなあと思っているのは、大学院の卒業後の進路の考え方です。SFCは特にクリエイティブ指向の学生が多いので、デザインの道に行くかどうかを迷うとき、自分に絵を描くスキルがあるかどうか?と言うところでまず引っかかってしまう。これが非美大・芸大の学生達の最初のハードルのように見えます。

つまりデザインという行為と、絵を描くスキルは、今はあまり関係ない事に気がつきにくい。実際デザインの領域が広がったことにも関係があるかもしれない。例えばコミュニティーデザインやUXデザインなどは絵を描くという行為からは離れて存在している。

20世紀のデザインというのはつまるところパッケージデザインだった。デザイナーというのはエンジニアが作った構造に、かっこいいパッケージを与えることだった。

ところが21世紀になるとプロダクトはソフトウエアファーストになり、かつてのようにハードウエアデザインだけで価値を生み出すことが出来なくなった。つまりデザインに参加するために絵を描く能力は、かなり限定的になってきた。

実際今デザインの分野には多くの理系が増えた、その結果絵を描くスキルはさほど持っていない人も増えた。その典型が東大工学部出身の田川さんが起業したtakramでしょう。ライゾマティックスの真鍋大度さんも時には美しいデジタルアートを作るけれども、根っこはエンジニアなので一切絵を描かない。始めからコードを書いてチームで作っていく。

そして平賀さんは、経営者としてデザイナーとパートナーシップを結んでデザイン会社を経営するという選択をした。
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平賀
デザインのプロセスで、それぞれ得意な能力を発揮すれば良く、必ずしも絵を描くスキルが自身で必要は無いと考えました。一方で、自分の才能は何だろうと思考もしました。真っ先に思いついたのは、何がかっこ良く何がかっこ悪いのかがわかることでした。もっと言えば、人間の欲望に忠実になった時に、何が美しいと感じ、それが自分にとってどんな価値があるか客観的に考える癖があったんです。私の役割は世の中のモノを、それぞれの人にとって価値のあるものに転換するデザインを行うことだと思ったんです。
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坂井
なるほど。確かに、かっこ悪い物が存在することも事実ですね。きっとそれは、客観的にも言えること。
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平賀
何故、このデザインのものが世の中に生まれたのか、そう思うことはありませんか?モノのデザインは当然売れる売れない、に直結するので最終判断は経営層が行うことが多いんですよね。自動車のように規模が大きくなればなるほど、それが当てはまる。経営層はデザイナーではないので、悪い言い方にはなりますがデザインが分からない人がデザインを決めるという矛盾した事が時には行われているわけです。もしかしたら大企業に入って、その仕組みをひっくり返してやるぞ、という意気込みがあればよかったのですが、私は自身でいいモノを作る組織を作るという方向に流れてしまいました。
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坂井
それが実際に仕事に繋がっているのがいい。

どんな価値を世の中に届けたいのか妄想する

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坂井
平賀さんは今、どんなことをされているんですか?
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平賀
今現在は経営者視点で未来をデザインするお手伝いをしています。具体的にはスペキュラティヴ・デザインを用いたデザインコンサルティングになります。自動車メーカーさんとは、売り手と売り人と買い手、それぞれのエクスペリエンスデザインをして新規技術をいかにお客様に届けるかなどのディスカッションをしたり、中小企業では所有している優れた技術を継続的な企業成長に向けてどんな未来像を描き、今何を実行していくべきかなど、多面的な支援をしております。

パッケージなどのデザインの業務も勿論あるのですが、あくまでもパーパスからコンセプトまでをクリアにしてから作っていくというプロセスになります。そうでない仕事もあるのですが、それは自社の主たる業務ではなく趣味的に支援しているものになりますね。デザイン面で言えば、やはり使い手に届かないと意味がないと考えているので、売れるまでのプロセスを想定することは勿論、その企業がどんな価値を将来に渡って届けたいのか一緒に妄想してデザインすることが当社の現在のテーマになります。 

余談ですが、弊社名がKIWA ART AND DESIGN inc.(キワ・アート・アンド・デザイン / https://kaad.jp/)といいます。デザインというと合理的になりすぎるので、もう少しアートのエッセンスを取り込もうという意思表示としてこの名称にしました。。アートというのは極端に言うと売れなくても良いんですよね。しかし、アートの持つ力は強く、ビジネスのみならず最近ではNFTをはじめとするテクノロジーとアートが親和している状態です。感性を何らかの価値に落とし込む、手法としてのアートの魅力に惹かれて「ART」と名を冠しています。

デザインとテクノロジーの関係性

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坂井
テクノロジーと言えば、Appleのような巨大テック企業が、クールなデザインを生み出す時代に入った。今まではダサいデザインのプロダクトを大量に売るのが大企業と思われていたものだ。小さくなければクールなデザインは生み出せないと言う神話はもう通じないですね。エッジが効いていると言うことは売れないと言うことでは無い。
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平賀
アップルは大好きなんです。私たちデザイナーからすれば、世界を変えた功労者だと思います。生臭い例ですが、Airpods proイヤーフォンは3万円、iPhoneは20万円近い、そういう価格を成立させた事は偉大ですね。
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坂井
デザインだけではなくテクノロジーもすごいですね。Airpods proイヤーフォンはアプリをダウンロードすれば補聴器になります。AirPodsを補聴器のように使える「ライブリスニング」機能があります。これはiPhoneやiPadに標準で搭載されている機能で、簡単に言うと耳に装着したイヤホンから聞こえる音を増幅して、周囲の音を聞こえやすくする機能です。AirPods Proは周囲の雑音をカットするノイズキャンセリングという機能と、逆に周囲の音を聞こえやすくするライブリスニング機能という2つの機能を両方使うことができます。ライブリスニング機能を有効にすると補聴器と同等の機能になります。
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平賀
Appleの製品はユーザー体験という面で、抜け目がない。受け入れられないわけがないプロダクトを、ジョブズのカリスマ性と企業としての合理性をうまくかけ合わせて巨大化させてますね。そういえば坂井さんは、米国で買った初代iPhoneののiPhone3Gを持ってましたよね。あれは羨ましくて仕方なかったです。私は物欲が強い方で、面白いことにパートナーのデザイナーは物欲あまりなく、ちょっとしたバランス関係が取れてたりします。
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坂井
プロダクトは買いまくらないと、感性は鍛えられないんですよね。かっこいいも大事だけれど、「好き」も大事ですよね。

本当に価値のあるものを世の中に届け続ける

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坂井
同じような意味ですけれど。これからKIWA ART AND DESIGNを、どんな会社にしたいと思っていますか?
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平賀
企業としてのパーパスは、本当に価値のあるものを世の中に届け続ける支援をしたいです。要はかっこいいと思われるものをしっかり作りたい、そしてそれを日本で実行することにも意味があると思っています。日本でApple以上に欲しいものが自分自身もないのが残念、それを覆すようなことを実行していきたいですね。
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坂井
Appleは特殊なケースで、超クレイジーなリーダーが欲しいものを作ると言うことに向かって、全部門が動くわけです。初期のソニーやホンダは、これに近かったように思います。
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平賀
個人のエゴと言うと聞こえが悪いんですが、エッジの効いた物は、そういうものを尊重しないで民衆的にやると作れないと思います。トヨタなどは、あのデザイン手法で良いと思うんですが、ホンダやマツダを、もっと尖らないと規模のメリットが生かし切れないと思います。
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坂井
トヨタは、エネルギーにしても、水素や電気、そしてガソリン等、あらゆる領域の準備を整えている。またAIと脱炭素の2本立てでベンチャー育成を支援している。むかしからトヨタはそうですが、想定されるすべてのことに準備を怠らない唯一の自動車会社です。ウーブンシティーというスマートシティもGoogleから呼んだジェームスカフナーがトヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント株式会社の代表取締役 兼 最高経営責任者になっている。どこまで隙が無いんだと思います。
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平賀
とある自動車メーカーの相談を受けたのですが、「何をやりたいかがわからないんです。」と言われました。創業者の意志は受け継がれていないんだな、と残念に思う一方で、もったいない、という想いが先行しました。力があるのであればそれを発揮するべきです。

電気と自動車の産業が融合する始まり

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坂井
話は急に変わるんだけれど、日本電産はEVプラットフォーム. EV普及の命運を握る汎用車台の開発に着手しています。今、自動車の世界には100年に一度といわれる技術革新の波が訪れていて、自動車の価格が50万位になるような、競争力のある技術で世界中の自動車会社が買いに来る可能性がある。
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平賀
電気自動車は、乗り心地の個性がないんです。どれもほとんど変わらない、フレームの剛性が違うくらいでしょう。だからこそ、自動車メーカーやこれまでのサプライヤーはどうやって戦っていうのか考えるべきタイミングですよね。
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坂井
ちなみに、日本電産のモジュールは、今中国を始め800社から注文が入っている。これはこのモジュールのおかげで起業がすごくしやすくなることを指している。実は鴻海も、これと同等のEVプラットフォームを完成させている。サムスンなども技術活用の面で言うと適性を持っている企業です。これで従来分かれていた電気と自動車の産業が融合する始まりですね。
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平賀
テスラは既存技術を組み合わせて時代を変えましたが、これからはサプライヤーがメーカーを乗っ取り始めますね。
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坂井
面白くなりそうです。

体験者として人生を歩む

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坂井
最後に、デザインを諦めない平賀さんから今考えていることを聞きたいです。
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平賀
デザインを諦めないと言う視点では、自身の感性をとにかく磨くしかないということです。それには、矛盾する言い回しですが客観的な視点を持ちながら主観的な視点を磨く、体験者として人生を楽しんでそれを他の人の人生にフィードバックすればデザインの世界が広がると思います。 
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坂井
やはりデザイン会社よりは、バルミューダみたいな皆が欲しい商品を作るメーカーになって欲しいですね。今後の平賀さんの活躍を期待しています。
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平賀
ありがとうございます。坂井さんともなにか面白い企みができたら嬉しいです。